現在伊勢神宮に祀られている豊受大神、古事記に豊宇気毘売神(トヨウケビメ)は、たわわに実る稲穂を見て「ななにへし、たには」と喜ばれたことからこの地が「タニハの国」と名付けられた。
時は、弥生時代。この地は、渡来人などから齎された大陸文化・様式を取り入れ豊な文明を築いていた。そんな時代に愛し合い、幸せに暮らした男と女が居た。
男と女は、稲作の作業を終えると、いつも二人で夕日が沈む浜辺に立ち、一つの約束をした。
男は言った。「私もいつかはこの命が終わる時が来るだろう。しかし、この夕日は私が居なくなっても変わらず海に沈み、あの向こうから朝を連れてやってきてくれる。だから、きっと生まれ変わってもこの場所に立つことができれば、私たちはまた出会えるのだ。」女は答えた。「そうですね。私たちがこの場所さえ覚えていればここでまた出会えるのですから。この夕日に約束をいたしましょう。」その時、夕日からまっすぐ伸びた光が、二人の立つ場所まで光の道になり、繋がった。二人はこの約束が太陽が廻る時間と、命の螺旋に刻まれたと感じた。その後も二人は仲良く暮らした。しばらくして、男が先に亡くなる直前にも、二人は約束を確認し女が男を看取った。その数年後女が息をひきとる時も周りの人に、その約束のことを言い、静かに穏やかに亡くなったという。
約束の場所に女が現れたのは、数百年後のことだった。
女は、来る日も来る日も約束の浜辺に立ち、男が現れるのを待った。
「なぜ、あなたは来てくださらないのですか。私との約束をお忘れになったのですか。」女は、浜辺で泣き崩れていたそうです。それを見かけた漁師の男が女に声をかけました。「そこの娘よ、そのように泣かれていったいどうしたというのですか。御覧なさい、こんなに綺麗な夕日が沈んでいきますよ。よかったら泣いている訳を聞かせてくれませんか。」女は、自分が交わした男との約束の話をしました。すると漁師の男から信じられない言葉を聞きました。「これは内緒なのだけれども、私の祖父の祖父のそのずっと前のころからここに暮らす者の間で絶対守らなければならない約束があるのです。この海を必ず美しく守らなければならない約束が。」
女は顔をあげ、漁師の男の顔を見ました。「私も祖父から聞いた話なのですが、ある男がこの浜に現れて、今のあなたのように泣き崩れていたのを見たそうです。その男は、今あなたが言われた約束のことを話したそうです。もしかしたら、その男があなたの探している男ではないですか。私たちは幼いころから、その話を聞かされて育ったので、海を美しいまま残さなければならないと思い、仲間とこの海を守り続けています。」女は男と会えない理由を知りました。男は決して約束を忘れた訳ではない。この海があの時と変わらず美しい理由は、男がここに住む者たちへと、思いをつなげてくれたからであることだと気づきました。女は漁師の男に言いました。「あの人が再び現れた時。ここが約束の場所だとわかるように、この美しい海を守り続けて欲しい。」そう伝えると女は浜辺で舞い踊り、羽衣をたなびかせながら、空に昇り消えたそうです。この女の物語は、羽衣伝説に秘められた本当の話として丹後の人々の中で語り継がれていったそうです。
時は流れて現在。浜辺には一人たたずむ男の姿がありました。
男の手には空に消えた女の伝説が記された一冊の本。そこには、羽衣伝説に秘められた本当の意味が記されていました。男は、すぐにその空に消えた女が、自分の愛した女であることに気づきました。二度もすれ違ってしまった男は、絶望に打ち拉がれます。本の中には女の言葉が多く残されていました。その言葉を読むたびに、女が今でも近くにいるのではないかと思え振り返りますが、そこに女の姿はありません。本を読んでいる間にしか女の存在を身近に感じれない悔しさと、自分の無力さに男は崩れ落ちてしまいました。「愛する君よ、なぜ君はここに居ないのだ。私たちは、なぜめぐり逢うことができないのだ。あぁ、なぜ君は私を置き去りにしたのだ。」
男は夜通し泣き果てました。涙が枯れ果てたころ、海には朝が訪れようとしていました。ふと目をやると、朝露に輝くハマナスの花が海風に揺れていました。砂の一粒一粒が朝日に輝き、海は輝いていました。見上げれば、羽衣のような雲が空にかかっていました。泣き声でかき消されていた波音が男の耳に届きました。そこで、男は気づきました。それら愛おしく輝きを放つ全てが、女の自分への愛によって守られてきた光景であることに。男は、それらのひとつひとつを愛おしく見つめました。そこには確かに女の存在を感じました。自分は女の愛に包まれていることに男は気づきました。触れることはできないが、そこに女の存在はある。男はある決意をしました。
男は、女が再びこの場所に現れた時、ここが約束の場所だとわかるように、これからもこの海を美しく守り続けることを決意しました。
そして、京都の海に集まった全ての人々にあるお願いを伝えました。「みなさん、どうかお願いです。私たちの未来に、この海が美しいまま残り続けるようにみなさんの力を貸してください。」集まった全ての人たちはその願いを受け入れました。その時奇跡が起こり、天空には光の羽衣が掛かりました。京都の海に集まった全ての人々に、この約束が守られて、みなさんの未来にもこの美しい海が残り続けますように。そして、二人が約束の地で出会うことができますように。
原作「約束の場所 転生離合」 より ※一部抜粋
© tenshourigou.com